知らず知らずのうちに、こぶしを固く握り締めていた。
もう二度とハンドルを彼に預けるもんか。
もう二度と彼の運転する車に乗るもんか。
というか、そもそも彼はこの国の免許を持っているんだろうか。
がこん、と音を立ててワイパーがくるくると動く。ちなみに今日は晴天だ。
ぶおん、とアクセルを踏み込む音が聞こえる。ちなみにここは高速道路ではない。
窓の景色がおそろしい速さで通り過ぎて行って、開け放した窓が、長くはない自分の黒髪をばさばさと豪快にゆらした。
いい天気だなあ、とか言いながら、意識を手放せたらどんなにいいだろう。
この状態を楽しめるぐらい豪放な性格だったら、どんなに気持ちがらくになるだろうか。
ウィンカーの変わりにワイパーを軋ませて、ハリウッドも真っ青な急カーブ。助手席にいた自分はひどく揺られて、シートベルトをしているにもかかわらず運転席に引きずり込まれそうになる。ブレーキは、ブレーキはどこだ。
おまえは心配性すぎるだのなんだのとわりと昔から言われては来たが、それは自分の性分なのだ。しょうがない。
今日も自分は声を荒げる。自分だって怪我をするつもりはないが、彼の命も守らねばなるまい。
「アメリカさん、前、前っ!!」
「おや、正面衝突コースで車が来たよ。日本は交通ルールがちゃんとしてるって聞いたけど、実はそうでもないのかい?」
「こ の 国 は 左 側 運 転 で す っ !!」
愛すべき君にハレルヤ!
一応正面衝突は避けられたものの、盛大にクラクション音が街中に響いた。
むう、とほおを膨らませる運転席の青年は特に悪びれた様子もなく、"左側運転なんて気持ち悪いなあ"なんて呟くものだから、日本はおもわず真っ青になって怒鳴りつけた。
「ちゃんと前を見て下さい! 運転しながら余所見しないで下さい! 音楽がうるさすぎます! ちゃんとシートベルトを締めて下さい! あと制限速度は守って下さい!!」
「もう、うるさいのは日本じゃないか〜これじゃ運転に集中できないよ」
ぷう、と今度は風船ガムが膨らんだ。一緒に広がるコーラの匂い。
「なら代わって下さい。私が運転します」
ほおを膨らせたいのはこっちの方だ、日本は思う。
にっと子供のように笑う目の前の青年は、どうも自分の事を年下のように扱う。
彼の方がよっぽど子供っぽいのに。
「それは駄目だよ! だって日本は良いって言ったじゃないか」
「さっきはそう言いましたけど、こんな運転見せられたらもう運転させられません」
ええ!? と大げさに驚くアメリカ。
何か文句あるんですか、とにらみつけると、彼は困ったように首をかしげた。
「いや……うん。日本にはいつも気を使わせてるからね。たまには何かしてあげよう、と思ってさ」
そう言って、へらりと笑う。
そういうところが、ひどく子供っぽいというのに。
そういうところに、ひどく自分は弱いのだ。
結局ハンドルは自分が握った。
長々と文句を言われるかとも思ったら、どうやらカーナビに夢中になってしまったらしく、謎の目的地を入力してははしゃいでいる。
「ところで日本、日本はいつから左側通行になったんだい?」
「いつからって……最初からですけど」
ふと顔を上げて、アメリカは首をかしげた。
「そうだっけ? ほら、なんだったか……何とかとかいうアニメの中では、確か右側通行だったぞ」
「いらない事ばっかりおぼえないで下さい!!」