うなされていた。
酸素の足りない魚のように、口をうっすらと開けたり閉めたりをただ繰り返す。誰がやったかは知らないが、何枚も何枚も重ねられた布団の中に寝かされている彼は、布の波に溺れているように見えた。
趣味が悪い。趣味が悪いのなら多分犯人はやつだろう。そう考えると今度は気分が悪くなった。
「君も大変だよね。平均気温がちょっと上がったぐらいで溺れかけてるんだから」
遠くて近い南の島国。本気を出せばいつだって手に入れられたような気がしたけれど、いつだってあの若い国にしてやられて横からさらわれて手が届かなくて。
そうして今、こうしてもっと遠くに行ってしまおうとしている。
「異常気温異常気象異常現象。異常異常異常。そんなこと言ったって、この百年で世界はこんなに変わってしまったんだ、何が平常かなんてもう誰にもわからない」
額に手を当てれば燃えるようにあつくて、じとじとと汗ばんでいた。
自分はわりと冷え性な方だったが、差し引いても十分な高熱。
人間だって体温が三度も変われば死にかける。国も世界もどう違うだろうか。彼もまた死にかけている。
すう、と体の中心が落ちるような感覚。
額に乗せていたのとは違う方の手がじとりと汗ばむ。
これは、恐怖ではない。自分は怖がってなどいない。百年前、世界はどうしようもなく冷たかったじゃないか。今は技術も何もかもある。冬も前ほど怖くはない。自分は海には沈まない、まだ、今の所は。
だから、自分は、何も怖がる事などない。胸を張って彼を笑えばいいのだ。
運が悪かったね、君はそろそろいなくなる。
全部が海に沈んじゃったらさ、今までごたごた言ってた問題とか、もういいよね?
どうせ君はそれどころじゃないだろうし。
「気候が変わってさ。僕も農業やってるからいろいろ辛いんだけど、少しは暖かくなったかも」
唇から滑り落ちる言葉は、ふるえてなんかない。
「雪が溶けて住めそうな土地が増えたらさあ、君、僕のうちに住んでもいいよ」
沈んだ国はどうなるだろう。国民は方々に流れるだろう。でも、国自身はどうなるだろう。
小さな世界のような島の集まり。独自の言葉、独自の文化、それがあれば国はそのまま残るだろうか?
「土地は結構広いから、花畑を一つ任せてあげるよ。でも、桜なんて植えちゃ駄目だよ。僕あれ嫌いなんだ」
くしゃりと彼の黒髪をなでる。全部ヒマワリの花畑にしてしまったら、背丈の低い彼はきっと困るだろう。右も左もわからなくて、自分の庭で迷ってしまうかもしれない。そうしたら助けに行ってあげよう。大きい事は良い事だ。小さくないのだから、儚くないのだから。
ううん、と眉を寄せて彼がうめいた。頬が上気して赤い。
黒曜石の瞳がちらり、と見えたような気がした。
敵意はない。でも好意もない。無関心無感動、無意識。ああ、つまらない。
聞こえていないのだろうか。あきらめたのだろうか。それとも彼はもう。
いっそころしてあげようか ?
ぐったりと横たわった彼の口元が生きようともがいていて、それでもどこか頷いたように見えたから。
その細い首にそっと手を伸ばした。最後の言葉は何にしようか。絶望にしようか、それとも
きがとおくなるほどあまい、