「あ。イギリスさん」
「ああ日本……って、お前、何やってるんだ!!」

 怒号一喝。

 会議前のささやかなひと時。
 給湯室兼休憩室に現れたイギリスは、先客としてソファに座っていた日本を見るなりカミナリを落とした。

 相変わらず一分の隙もないスーツに、派手すぎないネクタイ。正装の見本のようなその姿に、日本はすっとめを細めた。大きな黒目に影が落ちて、かすかな目礼と微笑みに変わる。

「お久しぶりです」
 手にしたカップを目立たないようにコーヒーテーブルに置き、日本はすっくと立ち上がった。見下ろされていた視線が自然とあがる。
 吸い込まれそうな黒の瞳にイギリスは一瞬言葉を失い−−そして先ほど言いかけた言葉を取り戻した。
 コーヒーテーブルの上のカップを指で示し、噛み付く勢いで怒鳴りつける。

「久しぶり、じゃねえよっ! なんだそれは!!」
「紅茶ですね」
「違うっ! コップからぶら下がってるそれだよ!!」
「……ティーバッグでしょうか」
「みりゃわかるっ! それからその飲み方はなんだその飲み方はっ!!」
「……温度が低くて、あまり味がでなかったものですから」

 するりと視線を逃がされて、イギリスは怒りもあらわにずかずかと日本に近寄る。なだらかだった視線のスロープが段々と上がって行き、最終的にはほぼ直角。真上からギロリと睨みつけられれば逃げ場はない。冷たいものを背中に感じ、日本はへらりと曖昧に笑った。もう少し背があれば、こんなに威圧感を感じる事もにだろうに。
 テーブルの上のカップには、飲みかけの紅茶が半分。カップの縁には、タグの付いた紐がぶら下がっており、中にまだティーバッグが入ったままだという事をやたらに主張している。

 いくら紅茶にうとい日本とはいえ、これがあまり褒められたことではない事はなんとなく分かる。
 しかし、目で見て紅茶の入り具合などが分かるほど慣れていないのだ。温度の低いお湯ではなかなか色も香りもでない。これでいいのかと一口一口試し飲みしているうちに、なんとなく半分無くなってしまったのだ。


「だったらちゃんと湯を沸かせ!! ポットのお湯を使うのなんか邪道だ」
 そういう事情をしどろもどろに説明すると、イギリスは青筋を立てたままそう言って、さりげなく遠ざけられていたカップを長い手でひょいとつかみ上げた。あ、と声を上げる間もなく、中身をぐいと一口で仰ぐ。

 表情を凶悪に歪ませて、イギリスは日本にやたら座った視線を向ける。
「まずい」
「は、はあ」
 ドンとカップを叩きつけるようにテーブルに戻し、イギリスはくるりときびすを返した。給湯室にすえつけられた、簡易キッチンの前に立つ。皺一つない上着を無造作に脱いで、日本に向かって放り投げた。


「感謝しろよ」
「え」
 反射的にジャケットを受け止めた日本は、イギリスの言葉にきょとんとする。

「特別に! ちゃんとした紅茶ってものを飲ませてやる」
「……ええっ」
 ガチャガチャと道具を用意し始めたイギリスの後ろ姿にようやく現状を理解した日本は、驚きのあまり腕の中のジャケットを取り落としそうになった。

「言っておくが二度はないぞ! あんなまずいものを紅茶だと思われたら心外だから、入れてやるだけだ」
 ふん、とわざとらしく鼻を鳴らして胸を張る。その間にも彼は湯を沸かし、茶葉の準備を整えている。

「ありがとうございます」
 見えているかはわからないが、ふかぶかと頭を下げた。
「そう簡単に人に向かって隙を作るな」
「……お辞儀は隙ではありません」

 まだイギリスはこちらに背を向けている。少しぐらい膨れてもばれないだろう、と日本は考えた。
 そっちこそ、こちらにずっと背を向けているくせに。




「ったく……ちゃんと紅茶入れる道具が準備室にあるんだから、自分でちゃんと入れろよ」
「はあ」
 ぶつくさ言いながらイギリスは、きちんと暖められたカップを日本に手渡す。

「っていうか、お前座ってなかったのか」
「いえ、私のために紅茶を入れてくださっているのに、自分だけ座っているのもどうかと思って……」
 呆れたようにいうイギリスに、日本は困ったように首をかしげた。
 返ってきたのが予想外の言葉だったか、イギリスは、ティースプーンを取り落としそうになる。がたがたと粉砂糖の瓶が音を立てた。

「ばっ! べ、別におまえのためじゃ!! ……俺はあれのまずさにショックを受けただけだ」

 全くあの紅茶はまずかった! 今世紀最悪だったぞ味としては!
 まだ砂糖を入れていないはずの紅茶を延々かきまわしつつ、イギリスはぶつくさと文句を垂れる。
 それをほんのりみつめながら日本はカップを口に運んだ。包みこまれるような華やかな香りと、くどくない苦味がすっきりと喉を転がっていく。

 なるほど、これがおいしい紅茶というものか。日本はおもわず口元をほっこりとほころばせた。

「でも、見かねたイギリスさんがこんなにおいしいものを淹れてくださったのですから、」


「あの紅茶もそう悪くはありませんでしたよ」


 しれっと一言のたまって、その香りをもう一口。








久しぶりに書いたら何だか良くわからない事になった。(いいえいつもです)
 ティーバッグがいつのものかよくわからないのでなんとも言えませんが、あんまり仲良くなさそうな二人です。ツンデレ万歳。
 ところで、間接なんたらとかそういう事は、あとで気づいていただきたいものです、英氏に。(日本はきっと気にも止めまい)

July 17, 2007