信じたものを切り捨てて、つないだその手で武器をとる。
 そんな厳しい世界に、自分はどうあがいても生き延びなくてはならない理由がある。

 もしもこの身が人ならば、縁も故郷も捨て去って、好きに生きる事もできるのだろう。

 しかしこの身は国である。明日の自分のとる道は、自分のためには決められない。

 自分は、王と国民の忠実な僕なのだ。



 だから束の間だけの夢を見よう、明日には払うこの手をとろう。

 限られたこの平和に、君とともにいられるように。




1.イギリスに話してみよう



「自分はいつ消えてなくなるとも限らないし、明日の世界がどうなるかなんて誰にも断言出来ない。だから……あれだ、伝えといた方が良いよな? 自分の気持ちとか、できれば、後悔する前に」
「はあ?」
「だから、あれだ! 慕うだとか慕わないだとか、死んだらどうしたって伝わらないだろ」
「……はあ」


 七年戦争は小康状態。しばらくは激しい戦いもなく、両陣営はとりあえずにらみ合いつつも書簡のやりとりぐらいしかしていない。
 プロイセンとしてはここは気合をいれて訓練か何かにいそしみたいところだったが、兵士の大半は普通の農民。耕さなければ生き残っても生活がまず成り立たない。そこで次の動きがあるまではと必要な人員を残して部隊を一時解散し、自分はこうして味方陣営にあるイギリスのところへ赴いていた。

 海峡向こうのフランスを永遠のライバルと呼んで延々噛み付いているイギリスは、どこか目的に固執しすぎて手段というか周りが見えていない子供っぽいところがあるにはあった。が、裏を返せばその一点だけは揺るがない。前回の戦争では対立していたとはいえ、その部分においてプロイセンはイギリスを信用していた。



 だからまあ、恋愛相談など持ち込んだわけなのだが。



 結論から言うと失敗した。 プロイセンは思い切り頭を抱えた。



「あ? 何をだよ。お前さっきから要領得ない事ばっか言って深刻そーにしてるけどよー。はっきり言って何言いたいのかさっぱりなんだよな」
 木をくりぬいて作ったらしいコップを片手に、イギリスが唇を尖らせる。
 ドワーフか何かが作ったのではと思うほどしっかりかつ繊細な作りのコーヒーテーブルに、何だかよくわからない焼き菓子が積んである。それを一つとってがぶりとほおばり、むうとイギリスは唸った。どうやらノドに詰まらせたらしい。
 足をばたつかせながらなんとか焼き菓子を飲み込んでふうと一息つくイギリスをぼんやりと眺めながら、プロイセンはしみじみ呟いた。

「お前、なんていうか……幸せなヤツだな」
「何言ってんだよ。オーストリアには食生活の心配されるし、フランスは偉そうだしお前は何考えてるかわかんねーし大変なんだからな、俺も!」

 ほおづえをついて言うプロイセンに、くわっと大口を開けてイギリスは言った。つられてプロイセンの声のトーンも上がる。
「このクーヘン食ったら誰でも心配するっつの。ほとんど粉じゃねーかこれ!」
「う、うるさい、文句あんだったら食うな! もう絶対作ってやんねぇかんな!!」
 ぐいと皿を引き寄せて、イギリスはプロイセンを上目遣いでにらみつけた。正直あまり怖くない。
 いらねえよ。やたら丈夫な背もたれによりかかり、プロイセンはふうとため息をついた。


「駄目だ……全然人の話聞きやがらねえ。これだったらまだヤツのが変態なりに相談に乗ってくれてたかもなー……」
 独り言としてポツリとつぶやいたのだが、どういうわけかフランス関連のセリフは聞き漏らさないらしい。半ば噛み付く勢いでイギリスはプロイセンに詰め寄った。

「うわ今お前俺とあの変態ヤロウを比べやがったな!!」
「お前が悪いんだろ俺の話さっぱり聞かない癖に!」

 はあ!? はっきり言ってくれればちゃんと聞くっつの! 回りくどい言い方ばっかされてもよくわかんねえよプロイセン!
 眉間にしわを寄せて不機嫌そうに言うイギリス。しかしはっきり言えればそもそも苦労なんかしていない。プロイセンは頭を抱えて少し唸った。それからイギリスをにらみつける。

「うっせえお前いつかヘタレろ! 好きなヤツの手もにぎれないぐらいヘタレた不器用になっちまえ!!」
「そ、そんなことになるかばーかばーか!! それにあんな変態の女ったらしになるよりはずっとましだ!」
「言ったなこのやろ! 後悔すんなよ!!」

 ぐわ、と押し寄せるままを怒鳴りつければ、緑の目を見開いて怒号が返る。まるで見た目どおりの少年のような幼稚なやりとり。ひとしきり怒鳴りあった後、どちらからともなく口をつぐんだ。いつのまにか立ちあがってつかみあわんばかりになっていたのにも距離をおいて、再び席についてコップをとる。


「なあ、庭の薔薇が綺麗に咲いたんだが、別に持って行っても構わないぞ」
「自慢したいのかようするに」

 ふらりと目をおよがせながらイギリスは言った。目を座らせてプロイセンは答える。視界の隅に、何やらキラキラしたモノがよぎった気がして、プロイセンはごしごしと目をこすった。

 多分、コイツはまだ恋とかした事が無いんだな、うん。

 勝手に自分の心の中でそう結論付けて、プロイセンはイギリスに相談するのを諦めた。





  2.フランスに相談してみよう