2.フランスに相談してみよう



「……というわけなんだが、フランス。俺はどうしたらいいと思う」
「どういうわけもこういうわけも……てか俺とお前、今は敵同士じゃ無かったっけか」
 ぬ、と厨房の窓に現れたプロイセンに一瞬肩をびくつかせ、それからフランスはこきこきと首を回しながら言った。

「しょうがないだろう。あの島国のメルヘン坊ちゃんは全く相談相手になりやしねえ」
 ヘタレろ! と悪態を付くプロイセン。その様子にぷっと吹き出すと、余裕の笑みを浮かべてフランスはプロイセンの頭を軽く小突いた。ソース作りに使う木べらが、良く手に馴染んで見える。

「そりゃあまあ、仕方ないだろーな。何たってあのまゆげ、一番の仲良しが森のお友達って話だ」
 肩をすくめるフランス。その言葉にげ、と声を詰まらせてプロイセンは搾り出すように言った。
「まじでか……スコーンが100%小麦粉なわけだ」

 へえ、以外としっかりした味覚してるのな。プロイセンの呟きに眉をあげ、フランスは関心したように言う。
「まあ、せっかく来たわけだしあがってけよ。新作食わしてやる。あの味覚音痴のとは比べ物にならないぐらいの上等もんだぜ」
「新作って……っておい、引っ張るな」
「なあに、ただの焼き菓子だよ。チョコレート好きだったろ、お前」
「うわああ」

 裏庭の畑にすぐ出られるように大きめに作ってある窓を全開に開けて、フランスはがしりとプロイセンの肩をつかんだ。そのままぐいと引きずり込む。
 プロイセンも鍛えているとはいえ、やはりフランスは名のある大国。優男な外見にもかかわらず結構力がある。プロイセンはそのまま窓に頭から引きずりこまれ、どさりと床に転がった。丸洗いできるよう石畳の敷かれた厨房の床にしたたかに腰をぶつけ、プロイセンは顔をゆがめた。

「強引だな」
 恨みを込めて低い声を出すと、フランスはあくまで軽くへらりと笑う。座りこんだままのプロイセンを見下ろして、悪びれもせずに言った。
「いやあ、あの貴族結構舌が肥えててさ。あの坊ちゃん餌付けするまえに、誰かに食べて欲しかったんだよ。隣の国だろ? 丁度良い味見係じゃねえか」
 ホントはイタリア辺りが良かったんだが、とへらを振ってフランスが笑う。それと同時に香ばしく甘ったるい香りが鼻をくすぐって、プロイセンはぐうと唸って前髪を引いた。確かにそのスイーツは、彼の好物である。
「……仕方ないな」
 前髪の間からにらみつけたが、盛大に吹き出されただけだった。





「まあ、お前の気持ちが分からんというわけでも無い。がしかしだな、ハンガリーちゃんは思いっきりお前の敵じゃないか。戦争はどうするんだ、やめるのか?」
 白く塗られたテーブルに、皿をはさんで腰掛ける。長い足をみせつけるかのように足を組んで座ったフランスは、否といわれるのが分かりきった質問を投げた。
「やめるわけ無いだろう。上司がそれを望んでいるし、俺も今がヤツをおとしめるチャンスだと思っている」
 プロイセンがこう返す事はとっくに予測済みだったのだろう。フランスは芝居だけの驚いた動作を返す。

「じゃあ、ハプスブルグ家を全部制圧するつもりなのか? あの坊ちゃんもハンガリーちゃんも全部自分の家に連れて帰ろうって?」
 ふん、とプロイセンは自嘲気味に鼻で笑った。少々酒の効き過ぎたフルーツケーキが口に苦い。
「自分にはまだそこまでの力はないさ。ついこの間国になったばかりのヤツに、そこまで大仰な事ができるものか」
 ハプスブルグ家に喧嘩を売るだけでも相当な覚悟と準備とが必要だったのだ。それ以上を望む事はバランスを崩し身の破滅を呼ぶ事ぐらい、プロイセンとて百も承知だ。

「なら、諦めるこったな」
「……」
 グラスの中の液体を一口。テーブルに肘をついて、フランスはうつむいたプロイセンの顔をしげしげとのぞき込んだ。

「そもそもあの子の王子さまはとっくの昔に決まってんの。腹括ってんの。俺だって何度フライパンでどつかれたかわからねーし」
 そこでようやく笑顔を崩して困った顔を作って見せる。ほとんど演技のようなものだと分かってはいたが、プロイセンは小さくああ、と頷いた。

 どう考えても報われないと分かっているのだ。となればきっぱり諦めるのが自分のためにも上策だろうし誰も傷つかなくて済むだろう。やはりこういう事はいくら変態だろうがフランスの方が適任だな、とプロイセンは口元を歪ませた。結局、自分は諦めろと言って欲しかったのかもしれない。

「ところでフランス」
 もう一口グラスを傾けて、フランスは首をかしげた。
「ん? 他にもなんかあるのか」
「いや……たしかに俺はそういう相談をしにきたのだが……どうしてお前、俺の思い人を知ってたんだ? 俺もこの前気づいたばかりなんだが」

 赤くなってうつむくプロイセン。それとは対照的に、顔面蒼白になってフランスは叫んだ。

「マジでか!!! このムッツリ奥手が……どう考えても数年前の継承戦争からばればれだろーが!!」




3.スペインに泣き付いてみよう