3.スペインに泣き付いてみよう



 あーもうお前、手紙かなんかでも送っとけ。どうせお前ら顔合わせたらストリートなファイトだろうし、ひねくれもののお前の事だ、直接じゃ言いたい事言えないだろ絶対。


 ああ言いながらも、別れ際になってフランスは後ろ頭をかきながらそう言った。

 止めとけだの何だの言いながらも、結局はプロイセンを応援してくれたらしい。……いや、絶対に成功するわけが無いから好きにしろ、という意味かもしれないが。

 まあ、アドバイスは的確だった。プロイセンとハンガリーの仲を考えるなら、これ以外にどうしようもないだろう。

 だが、しかし。

「俺……手紙はクリスマスカードと果たし状ぐらいしか書いた事ねえよ……」
 頭を抱えて思い切り、プロイセンは文机に突っ伏した。


 以前オーストリアに無礼な祝い状を送った事があったにはあったが、あれだって喧嘩を売る内容だった上、そもそも政策に関係する事だったので文官の校正が入っていた。実をいえばほとんど他人任せだった。

 果たし状に似合いの真っ白な紙を前にして、プロイセンは頭を思い切りかきむしった。
「うあああああああああ!! なんて書けばいいんだああ!!」
 自分の執務室に奇声が響き渡る。しかし誰もプロイセンの様子を確認しようなどというおせっかいはいない。わりといつもの事だからだ。彼が自分の恋心を自覚してからは、特に。

「ら、らぶれたー……こ、恋文の書き方の本など、この部屋にあるわけはないし……」
 ぐるぐると自分の執務室を歩き回りながら、ぶつくさと呟く。幸いにしてプロイセンの部屋はそれなりに広い。目が回るのは相当先の事だろう。

 フランスのところに戻って相談しなおそうか? いや、だめだ。プロイセンは頭を振ってその考えを打ち消した。あいつの事だ、百の薔薇よりこっぱずかしい文を平然とつらつらと並べたてるだろう。それを正気で渡せるとは思わない。

「ほ、他に相談できそうな奴は……」
 ゆらり、と顔を上げてプロイセンは呟いた。もうほとんどぞんびーのような動きをしている。
 ふと、テーブルの上の薔薇が目に入った。イギリスからもらったものだ。

「……そういえば、あいつ薔薇好きだったよな」
 脳裏に真っ赤な薔薇を持った少年の姿が浮かんだ。情熱の国だ! と臆面なく言い切る爽やかさには好感が持てるが、あの爽やかな笑いを浮かべながらいそいそと内職に勤しむその姿におもわず涙したのもまた事実だ。
「……まあ、手土産もってけば邪険にはされないよな、多分」

 よし、と誰も聞かない掛け声を上げて、プロイセンは一歩外へ踏み出した。



「ラブレターの内容!? ……それ他人に相談したらあかんのと違うか?」
「そこをなんとか! 頼む!」

 そろばんを片手にぎっしりと帳簿を詰めていたスペインは、ぽかんとした顔でプロイセンを迎えた。
 若干青ざめた顔で手を合わせて、プロイセンはそれでも、とスペインに詰め寄った。

 せやなあ。ぽりぽりと頬をかいてスペインは首をかしげた。そろばんを放り出して伸びを一つ。
「やっぱり重要な事は、短い言葉で伝えるのが一番やと思うで。一言"好きや"って書いといたらええて」
 そんなストレートに行っても良いものか。プロイセンはかたかた震えながら尋ねた。

「い、一行ぐらいならいいのか?」
 うろたえるプロイセンをによによと面白そうに眺めながら、スペインは言った。
「あー、なんかお前、長くすればするほどややこしいこと書きそうやんか……せや、薔薇でも贈っとけ真っ赤なやつ。それで気付かん女子はいてへんやろ」

 くるりとスペインが長い指を回すと、いつのまにか手のなかに花が一本。まだ少ない花弁と巻きつけられた緑のテープを見るに作りかけの造花らしいかったが、それでもその動作はわりと堂に入っていた。
 このぐらい自分に自信があればいいのか。じっとその様子を見つめるプロイセンをどう思ったか、スペインはその淡い金髪をぐしゃりとなでた。

「よし、やったらまずは練習せなな! スペイン流の愛の告白伝授したるわ」
「お、おう」

 にかっと笑って椅子を回す。手の中のペンをタクトのように軽く振り、スペインはそら、と声を張った。


「お前の事がすきやねん! はい復唱!」
「す、すきやねん……?」


「黙って俺についてこい!」
「し、四の五の言わずに軍門に下れ!」


「キスしたって!」
「い、言えるか阿呆!」


「自分と一曲踊ってくれへんか!」

「い、一戦お相手願おうか」




「……自分たまには根性見せや」

「すまない大変申し訳ない」



4.こうなったらとことん他人に頼ろう、イタリアとか